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手をかけるほど、好きになっていく家。
先日、我が家の玄関ドアのお手入れをしました。
採用しているのは、ナガイの木質断熱玄関ドア「レクサンドーレン」。今回は、木の表情を楽しみながらオイルを丁寧に塗っていきました。新築した時はもちろん綺麗だった玄関ドアも、雨や風、強い日差しを受けながら、少しずつ表情が変わっていきます。
オイルを塗り込んでいくと、乾いていた木肌にしっとりとした艶が戻り、木目もくっきりと浮かび上がってきました。その姿を眺めていると、なんだか嬉しくなります。もちろん、天然の木を使うということは、お手入れも必要です。何もしなくてもずっと同じ姿でいてくれる素材に比べれば、少し手間がかかるかもしれません。でも私は、その「手間」も暮らしの楽しみのひとつだと思っています。
手をかけてあげれば長持ちしてくれる。綺麗な状態を保つことができる。そして年月を重ねるほど、少しずつ深い飴色へと変化していく。新品の時が一番美しいのではなく、暮らした時間そのものが味わいになっていくところに、自然素材の魅力があります。
傷がついたり、色が変わったり。そこには、その家で家族が過ごしてきた時間が刻まれていきます。そう考えると、家も「完成して終わり」ではないのだと思います。庭の木が少しずつ大きくなるように、子どもが成長していくように、住まいも家族と一緒に歳を重ねていく。そして手をかけるたびに、「これからも大切にしよう」という気持ちが自然と生まれてきます。便利で、手間のかからないものが増えている時代だからこそ、少し手をかけながら大切に使い続ける暮らしも素敵だと思います。
10年後、20年後。
この玄関ドアは、どんな色になっているのか楽しみです。その頃、私たち家族はどんな毎日を過ごしているのでしょう。変わっていくことを楽しみながら、これからも家族と一緒に、この家をゆっくり育てていきたいと思います。
手をかけるほど、愛着が深くなる。
そんな住まいを、これからの家づくりでも大切にしていきたいです。
心を動かすものに触れる旅
少し早いお盆休みを利用して、妻と香川県へ行ってきました。
今回の旅で一番楽しみにしていたのが、イサム・ノグチのアトリエを訪れること。
我が家には「あかり」が9灯あるほど、イサム・ノグチの作品が大好きです。
実際に彼が制作していた場所に立ち、作品や暮らしていた空間に触れられると思うと、訪れる前から楽しみで仕方ありませんでした。
敷地内は撮影禁止のため写真には残せませんでしたが、その分、自分の目でゆっくりと作品を見て、心に残す時間になりました。
中でも圧倒されたのが、代表作のひとつ「エナジー・ヴォイド」。
高さ約3.6m、重さ約17トンという巨大な石の彫刻です。
目の前に立つと、写真では伝わらない石の重みや力強さ、それでいてどこか静けさも感じます。
完成した作品だけでなく、制作途中のものなど数多くの彫刻を見ることができたのも貴重な体験でした。
そして驚いたのが、直径2mを超える大きな「あかり」。
まるで小さな太陽が浮かんでいるような存在感なのに、その光はとても柔らかく、空間全体を優しく包み込んでいました。
光ひとつで、こんなにも人の気持ちや空間の印象を変えられる。
住宅をつくる仕事をしている自分にとっても、とても心に残る体験でした。
イサム・ノグチが暮らした住まいも見学することができ、そこには華美な装飾ではなく、素材や光、余白を大切にした日本らしい美しさがありました。
静かで、落ち着きがあり、どこか心が整う。
「侘び寂び」という言葉が自然と思い浮かぶ、本当に格好いい空間でした。
そして見学中、妻のお腹にいる赤ちゃんがずっと元気に動いていたそうです。
偶然かもしれませんが、「この子も何かを感じているのかな」と二人で話しながら、なんだか嬉しい気持ちになりました。
(写真は近くの山椒山公園 イサムノグチの作品)
その後は香川県庁舎へ。
今も残る丹下健三さんの建築と庭がつくり出す景色は迫力があり、建築が長い年月を超えて人の心を動かし続けることの素晴らしさを感じました。
もちろん香川のうどんもしっかり堪能。
帰りには南京町へ立ち寄り、中華を食べて旅を締めくくりました。
好きな建築や作品に触れ、美味しいものを食べ、大切な人と同じ時間を過ごす。
形あるものだけではなく、そこで感じたことや交わした会話も、少しずつ自分たちの暮らしの一部になっていくのだと思います。
今回感じた「心地よさ」を、これからの家づくりにもつなげていきたいと思える旅になりました。
心が動く時間は、暮らしを豊かにしてくれる。
先日、妻と一緒に大阪で開催されている「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。― 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ ―」を見に行ってきました。
以前、兵庫県立美術館でヤノベケンジさんの《サン・シスター(なぎさ)》を見たことがあり、その存在感に圧倒されたことを今でも覚えています。
それ以来ずっと気になっていた展覧会だったので、ようやく訪れることができ、とても楽しみにしていました。
会場に入ると、巨大な猫の彫刻や、見上げるほど大きな作品が次々と現れます。
その迫力に思わず足を止め、作品の前で何度も見入ってしまいました。
三人の作家それぞれが持つ世界観はまったく違います。
だからこそ、一つひとつの作品と向き合う時間がとても新鮮で、「人それぞれ感じ方が違っていいな」と改めて教えてもらえたような気がしました。
アートには正解がありません。
隣で作品を見ている妻とは違う価値観で鑑賞を楽しみました。
同じ景色を見ても、感じることは少し違う。
でも、その違いを楽しめることも、一緒に暮らしていく豊かさなのだと思います。
その後は、以前から二人で行ってみたかったHAYへ。
店内には家具や照明、雑貨が美しく並び、まるで暮らしそのものを展示しているような空間でした。
一つひとつの椅子や照明を見ながら、「この椅子はどんな家に似合うかな?」と自然に会話が生まれます。
家具を見ているというより、これからの暮らしを想像しているような時間でした。
私は、家づくりも同じだと思っています。
家は完成した瞬間がゴールではありません。
そこでどんな朝を迎え、どんな食卓を囲み、どんな笑顔が生まれるのか。
その日常をデザインすることが、本当の家づくりなのだと思います。
アートも家具も、毎日の暮らしを少しだけ豊かにしてくれる存在です。
そして住まいも、家族の心を穏やかにし、「帰ってきてよかった」と思える場所であってほしい。
今回の休日は、作品やデザインに触れながら、改めてそんなことを考える一日になりました。
心が動く時間を大切にすること。
それが、毎日の暮らしを少しずつ豊かにしてくれるのだと感じています。
暮らしを彩るデザインの力
先日、ずっと楽しみにしていたマリメッコ展へ妻と一緒に行ってきました。
以前からフィンランドのデザインや暮らしの考え方に惹かれていたこともあり、この日を心待ちにしていました。
会場に入ってまず心を動かされたのは、マリメッコが大切にしている3つの言葉です。
「ただひとつの現実は夢。」
「ただひとつの責任は美。」
「ただひとつの強さは愛。」
その言葉を読んだ瞬間、デザインとは見た目を美しくすることだけではなく、人の心や暮らしを豊かにするものなのだと改めて感じました。
会場には、大好きなフィンランドのデザイナー、マイヤ・イソラさんが手がけた「ウニッコ」をはじめ、多くの作品が展示されていました。
何度も写真で見てきた作品を実際に目の前で見ることができ、その色使いや大胆なデザインから伝わるエネルギーに思わず見入ってしまいました。
作品だけでなく、ブランドが誕生した背景や、ものづくりに込められた想いを知ることができたことも、とても印象に残っています。
流行を追うのではなく、自分たちの信念を大切にしながら、長く愛されるものをつくり続ける姿勢には深く共感しました。
また、皆川明さんによるチェーンで表現された作品も圧巻でした。
一つひとつの小さなパーツが集まり、大きな作品となって人の心を動かしている姿を見ていると、不思議と自然に笑顔になります。
ものづくりには、人の気持ちを前向きにする力があるのだと改めて感じました。
最後は物販コーナーへ。
どれも素敵で、「これもいいな」「あれも欲しいな」と妻と悩みながら、お気に入りを選ぶ時間も楽しい思い出になりました。
これからそのアイテムを暮らしの中で使っていくことを想像すると、今からわくわくしています。
私は、家づくりも同じだと思っています。
家は完成した瞬間がゴールではなく、その場所で毎日を過ごし、家族の思い出を重ねながら少しずつ愛着が育っていくものです。
お気に入りの器や椅子、照明があるだけで毎日が少し楽しくなるように、住まいもまた、暮らしを優しく支えてくれる存在であってほしい。
今回のマリメッコ展を通して、デザインとは「特別なもの」をつくることではなく、「何気ない毎日を豊かにすること」なのだと改めて感じました。
そんな暮らしを、これからの家づくりでも大切にしていきたいと思います。
幸せは、誰かと分かち合うことで大きくなる
休日の朝。
昨夜の雨が庭を優しく包み込み、草木たちはいつもより少しだけ生き生きとして見えました。
朝は、庭の草引きから始まります。
雨上がりの土は柔らかく、草も気持ちよいほどすっと抜けていきます。
土の匂いを感じながら庭に目を向けると、以前見つけた小さな紅葉がまた少し大きくなっていました。
ほんのわずかな成長。
けれど毎日見ているからこそ、その変化がとても愛おしく感じます。
急がず、焦らず、自分のペースで大きくなっていく姿に、どこか励まされるような気持ちになりました。
もうすぐ私たちのもとにも新しい家族がやってきます。
小さな紅葉を見ながら、生まれてくる我が子の姿を重ねていました。
気が付けば、そんな時間さえも幸せに感じます。
お昼は妻とお気に入りのハンバーグ屋さんへ。
不思議なことに、この日も二人とも同じメニューを選んでいました。
長く一緒にいると、好きなものや考えることが少しずつ似てくるのでしょうか。
美味しい食事を囲みながら交わす何気ない会話は、特別な話をしているわけではないのに、心は満たされていきます。
その後は伊勢のおかげ横丁へ。
コロッケを片手に歩き、焼きうどんの香りに誘われ、抹茶ソフトを味わいながら笑い合う。
目的地があるわけではなく、その時間そのものを楽しみました。
そして妻のお気に入りのカフェへ。
口に入れた瞬間にふわりと消えていくかき氷。
思わず笑ってしまうほどの美味しさでした。
帰り際に買ったクッキーは、父の日の贈り物として両親へ。
美味しいものに出会うと、大切な人にも届けたくなります。
嬉しいことがあると、誰かにも伝えたくなる。
幸せとは、そうやって分け合うことで少しずつ広がっていくものなのかもしれないです。
そして最後は、いつもの我が家へ。
お気に入りのリビングでソファーに座ってゆっくりと過ごす時間。
たくさん出かけた一日の終わりに、「やっぱり家が落ち着くね」と思える場所があること。
それは当たり前のようで、とても幸せなことだと思います。
家は建物ではなく、心が帰る場所。
そこで家族が笑い、季節を感じ、思い出を重ねていく。
そんな暮らしの尊さを改めて感じた休日でした。
何気ない一日。
振り返ると、たくさんの幸せが散りばめられた一日でした。














